奥穂高岳
山と自然 一歩一歩登った山々に美の原点がある!
奥穂高岳 標高3190m
1994年7月20日(土)~25日(木) spectator:2980
- 奥穂高岳と前穂高岳
いよいよ北アルプスの名峰の懐へ奥深く入る日が来た。
前日沢渡に着き車中で一泊し、翌朝タクシーで上高地に向かう。
6時の河童橋にはまだ誰もいない。あの観光客の喧騒が嘘みたいだ。
明神を過ぎ、林の中で朝食をとる。8時10分徳沢園に着き、中休憩。芝生が気持ちいい。
清流梓川を左に見て横尾山荘に10時着。
徳沢を過ぎるころにはすでに小雨が降り始めていた。
本格的な山道は横尾を過ぎてからである。正面に屏風岩の大岩壁が迫る。
雨天の時だけ見せる迫力のある長大な滝があった。
本谷橋を渡るとガレ場の急登がはじまる。靴が軽登山靴のため、靴下まで濡れてくる。ビニールで覆っていたのだが効果がない。
Sガレまでくると展望が開け、正面に目指す涸沢カールが見える。最後の登りがキツイ!
涸沢ヒュッテに着いたのが午後2時過ぎ、約8時間の行程だった。
標高は2320m。この高度で高山病になる人もいる。
夕方までベランダで休憩しながら、ヒュッテの山口さんとも話をしたりして北アルプスの余韻に浸った。
3日目も天候は小雨交じりの霧模様、白出のコルにある穂高岳山荘はガスがかかって雲の中である。
登頂開始する。
涸沢小屋を少し登るといきなり雪渓のトラバース。雪渓の中ごろに差し掛かった時である。頭上でズシッという音がして、ひとかかえもある岩が何個か落ちてきた。
「危険だから出直そうか。」と言ったら、「ここまで来て何よ!」と美砂子が言った。気持ちを切換え覚悟を決めた!
雪渓から登山道になっているザイテングラード(側稜)へは梯子が掛けてある。危険なところには所々梯子や鎖がかかっている。
高度が増すにつれて雨も降りだし、視界がますます悪くなった。やがて岩場から離れ、雪渓を斜めに進むとガスの中から穂高岳山荘がひょっこり現れた。
涸沢から標高差約690mを視界のきかない中、無事登りきった。
穂高岳山荘はこの頃から風力発電やソーラーパネルを備え、テレビも見れてトイレも水洗という快適な大きな山小屋だ。
4日目、朝、晴れている。まだ暗い中に浮かぶ黒々とした奥穂高の威容を背にして山荘から約40分の涸沢岳(標高3110m)に向かう。
暗い空がみるみる濃い紫色からピンク色に瞬時に変わった。雲は金色に輝き、空は真っ青である。見渡す限りの雲海の中から太陽が登ってきた。歓声が上がる。
この素晴らしい空の色は台風が接近している影響か。
槍ヶ岳が絵画のような雲海のなかから鋭く天をさしている。
朝食後、早朝には見えていた頂上もガスで隠れてしまった。
風も強くなってきたが、それでも思い切って、日本で3番目の高さの北アルプスの盟主、奥穂高岳山頂を目指す。
穂高岳山荘のある白出のコルからの最初の取り付きから急峻な岩壁を登る。垂直に近い岩場の連続で、梯子や鎖をたよりに登る。
下はスパッと切れ落ちていて、とても緊張するところだ。
横殴りの霧雨交じりの風が激しく吹き付ける。
鎖場を抜けるとなだらかな稜線となるが、左側は奥穂高の大胸壁が涸沢まで一気に切れ落ちている。
視界の利かない風雨の中、小一時間でようやく山頂に到着した。
1時間ほど頂上にいたが日本で3番目の標高の頂上からの眺望はついに得られないまま白出のコルに戻る。
登りより下りの方が危険度が高い。慎重に、声をかけながら降りてきた。
お昼前後だったと思う。頂上の雲が取れ、雲間から太陽が稜線を照らし出した。すると今までの景色が全く違って見えだした。
この透明感のある明るさは梅雨明けを知らせる景色である。半日で梅雨と夏のシーズンが入れ替わった瞬間を奥穂高岳に居合わせたのである。
オカリナの音が夏空に響いてきた。
この至福のときをテラスで存分に味わった。
夜、雪の残る石のテラスにみんなが出て来ている。そこには、今まで見たこともないほどの満天の星。「どなたか星座に詳しい方はいらっしゃいませんか?」と声がかかるほどものすごい星の数だった。寒さも忘れて見入った。
5日目、快晴になった。山々は夏山の輝きを放っている。後ろ髪をひかれる思いで穂高を後にする。
振り返り振り返りそのまばゆい景色を心に刻む。このときは本当に帰りたくないと思っていた。美砂子も同じ気持ちだった。
帰りは明神のウエストン卿を案内したという嘉門次小屋で一泊した。昔ながらの部屋のいろりを囲み、ご主人と話をしながら飲んだ「いわな酒」がなんと美味かったことか。
今まで味わったことのない充実感と満足感が程よい酔い加減と一緒に体を巡っていた。
人はなぜ山に登るのか?言い古された質問だ。
山に登ればおのずと答えは出る。
私の場合は、大変な思いをした山ほど、本当にすばらしいもの、美しいもの。本物の感動に必ず出会えるからである。
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