北 岳 2
山と自然 一歩一歩登った山々に美の原点がある!
北 岳 2 標高3193m
1997年8月2日(土)~5日(火) spectator:2428
- 小太郎尾根から北岳山頂方向
梅雨明けがどんなに待ち遠しかったことか!
真夏の太陽がギラギラとまぶしいなか、爽快なドライブで北岳に向かう。夜叉神峠を過ぎ、先月来た時の南アルプス林道の工事も終わっていて順調に広河原に到着した。
8月3日、午前5時。登山口に立ち深呼吸する。
一度登っているので気が軽い。何でもそうであるように、経験こそ最大の武器である。先が見通せることは、先が読めるということで、登山ではこれに勝る心強いものはない。
樹林帯に入ってすぐだった。美砂子が登山道脇にめずらしい花を発見した。レンゲショウマである。いつも思うのだがこの人はこういう点では特技と云っていいほどの感を持っている。
大樺沢からの雪解け水が激しく流れる川に筏のような木の橋がかかっている。一輪のハナシノブが涼やかに咲いている。
タカネグンナイフウロやハクサンフウロ、ソバナなどの可憐な花に見送られて高度を上げて行く。
二つの大きな崩落地を迂回して、8時35分に大樺沢二股に着く。
そこからはお花畑の登山道、右俣コースを行き、白根御池から来る道と合流するとやがて小太郎尾根に取りつく。
12時40分、稜線上で南アルプスの名峰を眺めながらの昼食は最高だ!
尾根づたいにゆるやかな稜線を撮影しながらゆっくりと歩を進める。
やがて肩の小屋に着いた。
山小屋のご主人の森本さんの人柄であろう。これほどまた会えて本当に嬉しいと思わせる人はそういない。
だが、さすがに登山のハイシーズン、小屋は満杯で、すし詰状態なのだ。幸いテントを借りることが出来たので、標高3000mの稜線上で二人で野営することにした。
夕方、雷が鳴り出した。何と八ヶ岳の上空の積乱雲のなかで稲妻が走っている。それを、はるかに下に見下ろしているのだ。
初めてだ!自分の位置より下に見る雷。
それに、夕暮れまでの空の色や雲の形の変化のおもしろさ、時間を忘れてビデオを回し続けた。
どれくらいたっただろう、私はよく登山中に低温症になる。乗鞍岳、白馬岳でも発作が起った。自分の意思に反して身体の震えが止まらなくなる。夏といっても夕方の標高3000mは温度は冷蔵庫の中より低い。体温の低下で起こるのである。
テントに毛布を何枚も追加してもらい、みの虫のようになって震えていた。外で「すごーい!あんなに下で花火が上がっている~」というはしゃぎ声を聞いたが、とても出ていく状態ではなかった。
夜半近くなって風が出てきた。それもだんだん強くなり、テントの波打つ音でとても眠れない。台風並みだ!!稜線上に風という風が全部集まってくるかのようだ。
寒さや恐怖の音より、明日の天気が気になっていた。
8月4日、まんじりもしない夜が明けた。
テントから出ると、快晴ではないか。空気が薄い分景色がくっきりと見える。これが夏山の色だ。
すばらしい展望だ!
早速頂上を目指す。なんという美しさだ。7月に来た時は霧の中だった。登山道には高山植物園とみまごうばかりに色とりどりの花が咲いている。昨夜の風の影響か、露をその体いっぱいにつけて朝日に輝いている。
撮影していると、前に進まない。ようやくピークにたどり着いた。
なんとそこは先回頂上だと思ったところで、その先にもうひとつピークがある。そこが本邦第二の頂上で、今立っている所は北峰だということを後で知った。
とにかく、北岳の頂上に立った。富士山をはじめ南アルプス、中央アルプス、北アルプスと360度の大展望をゆっくり楽しんだ。
そして、東斜面のお花畑を存分に撮影しながら頂上を後にした。
今日は肩の小屋と頂上の反対側に建つ黒川紀章氏が設計したという北岳山荘に泊まる。すぐ山頂直下にある。
半日を標高3055mの中白峰まで往復。気分爽快な稜線散歩を楽しんだ。
8月5日、昨日の晴天がうそのようにまた激変していた。
館内放送で、強風のため稜線に立たないこと。間ノ岳へは危険につき移動は控えることと云っている。
外は、風速30m近い台風並みの風とのこと!人が立っていられないほどの風速で、ましてここは、標高3000mの高山だ。
場所によっては、風が束になって襲いかかってくる。風速30m以上のところもあるだろう。
午前5時8分に山荘を出発する。天候の回復は今日一日期待できないとのことで決心した。
身体をクの字にして前に進む。猛烈な風圧だ。ややもすると身体が浮きそうになる。自然とカニのように四つん這いになって姿勢を低くする。
さすがに途中で引き返そうかとも思ったが、後から来る人たち4,5人も、同じような格好でカニのように四つん這いで進んでくる。
稜線に出た人たちが降りてきた。とても稜線は歩ける状況ではないという。
まだ八本歯のコルへトラバースする道の方がいいみたいだ。
しかし、そこでも切り立った岩壁面につけられた断崖絶壁の細い道だ。転落したら絶対に助からない。
無我夢中に進むうち、ある現象に気がついた。風が呼吸をしている。
一瞬、風が息をつくように弱くなるときがある。そして、次の瞬間猛烈な風が来る。しばらくするとまた一息入れる。その繰り返しだ。
そこで、風が一息ついたときを狙って転落の危険を防げる岩場まで素早く移動し、つぎの息継ぎの機会を待つことにした。
よし、戦い方を見つけた。
岩に隠れ猛烈な風圧を防ぐ間、ガスが少し薄くなった時、かなり下の景色が見えた。ゾッとした。雲間から槍のような鋭い岩が何十本も天を指している。
それが隠れたり見えたりする。針のむしろならぬ槍ぶすまだ!
下は見ないようにしよう!
断崖の上部を見る。
途中からガスの中だが、岩壁面がなんとお花畑になっている!このときは北岳草かどうかを見分ける余裕すらなかった。
肩の小屋でたぶんこのあたりのことだったと思う。まだ北岳草が見れる所があることは聞いていたのだが、自分をホールドするのことで精いっぱいだ。
一瞬の間隙をぬって細い断崖の山道を走っては岩陰に隠れ、隠れして行くと,
岩にずっとしがみついて恐怖に耐えている一人の女性が見えた。
こちらも必死なので声をかける余裕もない。
ようやく、八本歯のコルにたどり着く。午前6時を回っていた。急速に風が弱くなった。
北岳は、先月もそうだったが、少し高度が下がると風が弱くなるのは一緒だ。稜線を通る風の道があるかのようだ。
正直「もう終わり?」と拍子抜けしたような印象を二人同時に感じた。恐怖に打ち勝てた自信がそう思わせたのかもしれない。
ここから、大樺沢の分岐までは梯子約30か所を下り、落石で危険なバットレスの下を通過して雪渓が残る大樺沢二俣まで無事に降りてきた。
気がつくと、全く撮影する余裕がなかったのが残念と言えば残念だったが、かえって脳裏にしっかり刻まれたこの得難い経験は一生忘れることはないだろう。
自然の中、自分しか頼れない厳しい条件下で冷静に現象を見つめ最善の方法を見出して行く。
山はそういう意味で人生の道場でもある。
- コメント ○ご自由にお書き下さい。 (認証コードをお忘れなく!)
a:2428 t:2 y:0