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越後駒ケ岳

  山と自然           一歩一歩登った山々に美の原点がある!

 越後駒ケ岳   標高2002,7m

   2000年8月4日(金)~6日()                              spectator:1817

  • 小出から見た越後三山

越後三山 左より、駒ケ岳、中ノ岳、八海山 小出より 

枝折峠からの越後駒ケ岳 

田久弥の「日本百名山」には、新潟県の山が10座挙げられている。県内で最初に取り上げられた越後駒ケ岳はそこでは魚沼駒ケ岳となっている。

「魚沼三山と呼ばれるのは、駒ケ岳、中ノ岳、八海山である。… 私があえて三山の代表として駒ケ岳を挙げたのは、山としてこれが一番立派だからである。」と明快である。

銀山平から枝折峠に向かう道より 

その著書にあるように、小出の高台から見た白銀に輝く三山は実に雄大で美しく、また八海山の山頂から見る切り立った駒ケ岳の大峭壁も迫力がある。
確かに三山の中の代表格といえる堂々とした風貌を持つ山である。

今までは行程が長いので躊躇していたのだが、装備品がハイテク化で高性能、軽量となり我々の体力でも連泊登山も可能になった。

枝折峠からの登山道より見た朝の奥只見湖

最も人気の高い標高差の少ない枝折峠の登山口から登ることにして、前日は銀山平で車中泊。
ところが夜中にびっくりするような集中豪雨。恐怖を覚えたほどの凄さだった。

翌8月5日、午前5時半には枝折峠の登山口に車をつける。雨上がりで空気が澄み、空は青空が広がり、絶好の登山日和となった。

登り始めてしばらく行くと昨晩泊った銀山平を見下ろす場所に出た。まるでそのまま墨絵になるような美しい景色で、しばらく撮影する。

頂上直下に建つ当時の懐かしい駒の小屋

駒の湯の分岐から明神峠。二つの沼を通り、道行山の分岐を過ぎると9時20分に小倉山に着く。ここも駒の湯の分岐になっている。

そこから百草の池までは小一時間。そして露岩の道を登り前駒を過ぎ、最後の痩せたガレ場を登るとようやく「駒の小屋」に着いた。12時を少し回っていた。

冷たい雪解け水が引き込んであり、これが登山者には何よりのご馳走である。


昼食を食べ終わると一転して雨になった。しばらく小屋で休憩していると、山小屋の管理人で写真家でもある米山さんが「虹が出ています。」といって小屋の入口から声をかけてきた。

駒の小屋から見た虹 

駒の小屋から見た見事な虹 

駒ケ岳頂上付近を走る稲妻(イラスト) 

小雨が残っていたが出てみた。

そこには今まで見たことがない二重のはるか下から弧を描く長大な虹が出ていた。山には滝雲も流れ、しばし小雨の中、米山さんと話をしながら撮影をした。

遠くで落雷の音が響いている。それがだんだん近づいたかと思った瞬間、山頂に続く岩尾根の鞍部にまるで日本刀で一閃したような稲妻が鞍部に沿って「キラッ」っと走った。

そこにいたらきっと即死していただろう。

山で雷が近づいたら山道から一段低いところで身を潜めて雷雲が通り過ぎるのを待てという教訓を実感する。

駒ケ岳頂上は右上 

魚野川の先に日本海が見えた 

可憐なハクサンコザクラ 

コバイケイソウの群落の先に中ノ岳 

暮れなずむ山頂にて 

やがて、雷雲が通り過ぎたので山頂を目指すことにする。米山さんも撮影のため同行するという。心強い限りだ。

「駒の小屋」から一直線に鞍部まで登り、右にすこし登ったところが山頂である。標高差は110m。登山道の両脇はお花畑になっている。

結局、夕刻山頂に立ったのは、私と米山さんと美砂子の3人だけだった。

駒ケ岳は高山植物の宝庫である 

山頂からは、すぐ向かいの険しい山肌を見せる八海山。夕日に映える魚野川。遠く日本海まで見える。目を転じれば尾瀬の至仏山や双頭峰の燧ヶ岳。福島県の山々などがみえる。360度の大展望台だ。

至仏山の方でまた雷が鳴り出した。撮影している手を休めて、移動している雷雲を見て米山さんに危険度を聞いてみた。

「大丈夫です。こちらにはきません。」冷静で頼もしい答えが返ってきた。

まだ、夕方の虹が名残惜しそうに残っている。暗くなった山頂を惜しみながら後にした。

駒の小屋に向かう 

後日のニュースで知ったのだが、このとき谷川岳で集中豪雨があり、あの雷雲の下で一の倉沢から流れる川が急激に増水、亡くなった方が出ていたのである。

夕食は、小屋の中で作る。かなり混んでいた。内部はロフトのような二段になっている。上でコメの入ったコッフェルを引っくり返したようだ。

上から米が雨のようにザーと降ってきた。こんな愉快なエピソードも山行きの思い出とともにいつまでも記憶に残る。

この見事な虹も記憶に残り続けるだろう。 

夜も雷が鳴りやまない。ひとり外に出て、夜遅くまで稲妻の撮影をした。深夜、寝静まっているなか、真っ暗な自分の寝床までたどり着くのがたいへんだった。

翌日の早朝も鞍部まで登り、中ノ岳の方へ行ってきた。コバイケイソウの群落があり、ブロッケン現象があり、花の名山を堪能してきた。

朝8時15分。もう誰もいなくなった山小屋を米山さんに挨拶をして出発する。

登山口に戻って来たのは午後12時40分だった。やはり、駒ケ岳は深い山である。

深い山だからこそ自然が守られる。

高山植物の盗掘をよく耳にする。
帰りに写そうと楽しみにしていたら、跡かたもなくなっていたという経験をしたことがある。

 簡単に入れるようなところほどそんな話が多い。

 その場所に根付いた植物を家に持ち帰っても絶対に根付かない。

 可憐で逞しい高山植物を見て何万人もの癒される人たちがいる。気の遠くなるような世代を経てようやく安住の地に根付いた高山植物たちを自分だけのものにするために、そこから根こそぎ持ち去ろうとするようなおぞましい人は断じて山に登るべきではない。


新潟の山は駒ケ岳に限らず低山でも花の素晴らしい山が多い。
後世に新潟の素晴らしい花の名山をいつまでも残したいものである。



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