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オオタカとの出会い

 オオタカとの出会い (市街地に住む絶滅危惧種のこと)

   2011年6月25日(土)

  • オオタカと初対面

オオタカと初対面

オオタカの生息地

月末から新潟三越で予定していた行事が中止となった。

3ヶ月半にわたり46団体が参加するまでの計画を進めてきたが東日本大震災での自粛ムードに抗しきれず取りやめという結果となり、心にポッカリと大きな空虚感が広がっていた。

いつものことだが気分転換にしばし自然の中に身を置いてリフレッシュすることにした。

今年の春は五月の連休から6月半ばにかけて新潟の野鳥の撮影に足しげく通ってみた。
家から15分ほど車で走ったところにいい撮影スポットがあった。

そこは松林に囲まれて、二つの池がある、晴れた日は特に気持のいい公園でいろいろな種類の野鳥を観ることができる。
今年は日本でも観察がまれな種類と出会うことができたとても貴重なスポットだ。

着地前

なかでも「オオタカ」との出会いは特に印象的だった。
猛禽類の鷹で全長約50~60㎝、翼幅約120㎝、準絶滅危惧種で最近市街地でも生息するようになった。

オオタカがいると教えられて出掛けてみた日、いきなり私の頭上近くの木の枝に止まったのである。
これほど近くで対峙したのはこれ以後には例がない。
まったくラッキーだった。

その精悍な顔つきを間近にしたとき、オオタカのとりこになっていた。

オオタカの巣は駐車場からすぐ近くの松の上にあり、その下の遊歩道を行き交う人を見下ろせる位置にあった。

市街地の環境に順応している様子であった。
そしてその巣も容易に撮影が出来る位置にあった。

6月に入り雛が3羽育っていることが確認された。
日に日に成長してゆく。それを確認するのが楽しみになっていた。


巣立前のオオタカの幼鳥

 6月17日(金)

 
あとで聞いたのだが、前日夕方に二羽の子供が暴れて巣から落下したという。
一羽は巣の直下に落下し、一羽は交通量の多い道路近くまで滑空。
それを見ていたカメラマンが道路近くの方の幼鳥を捕まえてきて林の方へ放ってみたが弱っているのか上昇する力がなかったのだという。

私が翌17日の朝撮影に行くと、遠くから手招きをして必至で私を呼んでいる人がいた。
いぶかしく思ったが行ってみると、交通量の比較的多い道路近くの植え込みのところにオオタカの幼鳥が近所で借りてきたという籠に入れられ、その上に着ていた上着で覆い、三脚が重石代わりに載せてあった。

巣に帰ってきた親鳥

道路近くにいて危険を感じて捕獲したがどうしたらわからないでいるのだという。
昨日落下を目撃して放鳥を試みたかのカメラマン氏だった。

何という事だとの思いと、仕方がないなとの思いでまず公園を管理している東区の建設課に連絡をとってみた。

善処を期待したのだが、放っておくのがいいという。それでも事情を繰り返すと紫雲寺の野鳥センターに相談するよう言ってきた。

当該区としての貴重種などの野生動物の管理体制など全くできていない。
枝の伐採から刈り込みも貴重な渡り鳥の環境を考えた対策をとっているのか疑問視する人達も多いのが現状だ。

次に新潟市の自然保護課に連絡したが、やはり放っておくのがよいという。しかし人間の手で捕獲してしまった以上、親が面倒をみないという可能性もある。

やはり専門家による判断が必要と感じ、とにかく責任部門として現場に来るよう要請した。

そしてようやく市当局の責任において紫雲寺の野鳥センターに移送するということになった。

餌を食べる幼鳥

 6月20日(月)

一羽のオオタカが滑空していた。レンズを通してみると子供のオオタカである。
巣立ちに成功していたのだ。
これが落下した方なのか、巣に残っていた3番目のほうなのかはわからない。
地上に残された一羽とともに両方が無事であってほしいと願わずにはおられなかった。

気になっていた巣の真下に落下した幼鳥に親鳥が餌を運んでいる行動は一回だけ確認していた。

しかし、その後何者かがその落下した地点までブッシュをかきわけて入った跡が見つかった。

なんという無神経なことをすることか。

その後ついに親鳥がその落下地点へ餌を運ぶ行動を見ることができなかった。

飛び出す瞬間のオオタカ

たぶん、無事に巣立ったのは巣に残った一羽だけだっただろうと推察している。

親鳥が一生懸命残った一羽の幼鳥に餌を運んでいるけなげな姿に心が痛んだ。

それ以来、私は撮影に通うのをやめた。

オオタカの親鳥が気の毒で撮影する気持になれなかったのである。

思い返せば、あまりにも無遠慮な撮影態度。何時間も近距離でカメラを構えられている親鳥や幼鳥のストレスを考えると気の毒でならなかった。
かくいう私も気をつけて撮影してきたつもりだが同罪であり、おおいに反省をしている。

カメラを構えるとだんだん欲が出る。知らずに自己中心の世界に没頭してしまっている。その結果廻りが見えなくなって事故や喧嘩騒ぎまで起こす。
人と人の関係も難しいが、人と自然の関係も礼儀としての共通のルール作りが必要だなと思う。


野鳥との付き合い方とともに人間の心理もいろいろ教えられ考えさせられた一カ月余りの野鳥撮影だった。


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