いけばなの世界から見えるもの!人、自然、宇宙、存在…

ウラジオストク2010

 いけばな行事            人の和が次の大きな輪を創る!

 第8回 新潟ウラジオストクいけばな交流

  2010年4月17日()~21日(水)     spectator:2310

  • ソルネチェニー文化センター

文化センター

プリモリエホテルの通りより

 潟から一時間半で行くことができる一番近いヨーロッパ。
そこが、ウラジオストク だとガイドブックには書いてある。

 この極東の街は今、2012年のAPECに向けて橋や近代的な建物など大型の公共工事が盛んである。
高層ビルがここ数年でいくつか建ち、建物の外観はきれいに塗りなおされ、インテリアの水準は高くなってきている。

中央広場近くにて

市街を走る車は99%が日本車といっても過言ではない。

だが現実は日本車の厳しい輸入規制に加え、週2便の飛行機が週1便になり、帰りはシベリア鉄道でハバロフスク経由となる。
今までの新潟との関係が大きく縮小しつつある。

 かしながら、いけばなを愛するウラジオストクの人々の輪はまた一段と広がりを見せていた。

  • 4月18日()

ソルネチェニー文化センター

文化センター入口の受付風景

今回の会場は郊外の空気のよい場所にある「ソルネチェニー文化センター」で館内にはりっぱなホールがあり、ここで宿泊もできる。
市内から20分程度で来ることができるが、いけばな受講者も何人か宿泊していた。我々もここで宿泊する。移動がないだけ楽である。

開場式風景

開場式風景

開場式風景

開会式は、在ウラジオストク日本国総領事館、川上副領事より挨拶があり、続いて今回の講師の挨拶となる。

毎回、映像や画像を用意して、はじめていけばなにふれる人もいるのでまずレクチャーから始める。
今では、どこでもコンピューターとプロジェクターは備えられている。

上級者クラス

テキストはロシア語で自作する。これもインターネットの恩恵である。
今年の担当流派は古流松藤会と嵯峨御流で、受講者は上級者クラス25名、初級者クラス19名が参加した。

古流松藤会は「生花」と「現代華」、嵯峨御流は「瓶花」の授業で、初めて経験する人にとってその技術と花型を理解するのはかなり難しいと思われた。

上級者クラス

ところが、その真剣さと果敢に挑戦する姿はいつもながら感動的でさえある。

逆に、みんなからエネルギーをもらうようで一日8時間授業も全く苦にならない。
( 実際にはかなり疲れてはいるのだが、皆のエネルギーに後押しされている。)

初級者クラス

上級者クラス

上級者クラス

初級者クラス

食事が一番の疲れ直しとなるがロシアの特に野菜は美味しくたくさん食べれるのが嬉しい。総じてロシア料理はボリュームがあり、特に家庭料理はとても美味しい。

授業は、午前中は講義と参考花を数点生け、午後から二花態の実技を行う。日本の研究会と同じような講義形態である。

初級者クラス

数年前の立花の授業もそうだったが、一日で生花も瓶花もコツを覚えてしまうところがすごい。

それだけ、集中しているということだ。

二日間の講座が終了すると、修了証が一人一人に渡される。そのときのみんなの笑顔がとてもいい。

上級者クラス

いけばな作品

いけばな作品

初級者クラス

いけばな作品

いけばな作品

上級者クラス

初級者クラス


受講者集合写真

そして、最後はシャンパンパーティで乾杯をして、歓談して終わる。

夕方の戸外でのパーティは寒さが身にしみたが、皆さんの笑顔で心はとても温かく、楽しい二日間はあっという間に過ぎた。

今回のように難度の高い生け方も難なくこなしてしまう皆様に心より敬意を表したいと思います。

  • 総領事公邸にて

総領事公邸

総領事公邸

総領事公邸

総領事公邸

総領事公邸

それから、急いでお招きを受けている総領事公邸でのレセプションに駆けつける。

この日、初めて山田淳総領事とお目にかかるのだが、いつも総領事館の丁重なおもてなしには大変恐縮している。九年間で四代にわたる総領事とのお付き合いとなる。

また今回は、大学の元学長や学部長などの関係者6~7名に日本センターの山本所長やスタッフの皆さん。旅行社の代表や総領事館員、そして我々4名と大勢のレセプションとなった。

山田総領事の挨拶のあとに、挨拶をその場で依頼されたが、なごやかなそして充実した二時間であった。

  • 4月20日(火)

雪の高台から金角湾をのぞむ

アンドレーエバさんのおばあちゃん宅訪問

最終日、午前中は買い物に充てる。午後から、極東国際工科大学 へ行き校内見学と次回のいけばな講演についての打合せを行った。
そして、次のウラジオストク国立経済サービス大学 での講演ヘ。(その項をご参照ください

とにかく、忙しいことは忙しい。しかし、慣れというのは有難い。最初は段取りや計画全体が見えなくてかなり神経をすり減らしていたと思う。
それが回を重ねるうちに、見えないことが当たり前のようになっていた。そのお陰でずいぶん鍛えられた気がする。
「郷に入っては郷に従え」のことわざのように腹をくくってしまうと、いつしかぶっつけ本番に強くなっていた。

シベリア鉄道の終着駅 ウラジオストク駅

オケアン号の個室で乾杯!

夜9時といってもまだ明るい。そのウラジオストクを離れ、ハバロフスクまでは夜行で670km、11時間のシベリヤ鉄道の旅。
これも初体験だ。
ただ、日本とはまったく違うのは、まず改札口は通らないというよりない。そして出発時も到着時も何のアナウンスもないし何時に着くといった放送もない。
おもしろいのは、古いロシアのホテルのように車両ごとにアテンダントの女性がいるが、おそろしく早口でコーヒー代金の「40ルーブルいただきます。」さえ聞き取れないほどで最後は筆談となる。

ハバロフスクに近づくにつれ、白みはじめた車窓には広大な尾瀬ケ原のような手付かずの原野が拠水林の白樺越しに延々と続いて見えた。

  • 4月21日(水)ハバロフスク市

ハバロフスク駅

N.アレクセイ君と

これはこれで楽しいのだが、週一便しか飛ばなくなった飛行機で、この不便さ、これではビジネスも文化交流も大きな支障が出るのは間違いない。

ハバロフスクでは、ハバロフスク日本センターの黒坂所長とかなり長く話をした。
経済の縮小がここでも厳しい現状を呈している。

ハバロフ像が建つ駅前広場

ハバロフスク日本センターにて

まだ白く凍る広大なアムール河

ロシアでは、ただお願いに行くだけでは何の効果も得られない。

一過性のイベントではなく、いかに民間交流を促進するかが問われてくる。


一面が白く結氷したアムール川にたたずみ、4月下旬でも氷の融けない広大な白い河と先の見えない経済が重なって見えた。

それに、行きも帰りも、飛行機に搭乗する乗客の少なさに心まで寒くなった。

 かし、長年培ってきたロシアとの友情は、ついに国立大学のキャンバスにいけばな講座が入り、そして、サンクトペテルブルクやハバロフスクからも交流の可能性が出てきている。

いけばなを愛する若者たちよ!思い切って世界に飛び出してみようじゃないか!

日本から、いけばなを通して、日本の誇る精神文化や環境意識を提言できるおおきなチャンスがここにある。

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